切ない人たち
人生がそろそろたそがれてきた男が語る人生の愛のかたち。
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DATE: 2006/04/11(火)   CATEGORY: 結婚, 恋愛 
黄色い卵
幼い頃 近所に小さなキリスト教の教会があった

なぜか時々遊びに行った

そこで歌った賛美歌の一節だけを今でも覚えている

♪ 久しく待ちにし主は来ませり 主は来ませり 主は来ませり

狭い集会室に銀幕を張り映画を上映してくれたりした

その一本が記憶に残っている

男が一人素通しのガラスに絵筆を持って絵を描くのを

カメラが反対側から撮影した映画である

ガラスの上に絵が魔術のように完成していくのを

息を呑んで見つめていた

十数年過ぎて映画の本を見ていてその画家が

ピカソだということを知った

もう一つの記憶

ある日出かけていくと

細長い机に近所の子どもたちが並んで座っていた

子どもたちの眼の前に卵が出された

黄色い卵 赤い卵 緑の卵

私の眼の前には黄色い卵

私は不思議な物を見るようにその卵を見た

もっと不思議だったのはその時私が幼心に

「俺は乞食じゃないぞ」

と思ったことだった

「貧乏人に施し物をするなんて馬鹿にするなよ」

と考えていたのかもしれない

その黄色い卵を私は食べたのか食べなかったのか記憶にはない

しかし教会からは足が自然に遠のいた

十数年過ぎてその卵がゴルゴタの丘で処刑されたキリストの復活を祝う

復活祭の時のイースターエッグだということを知った

無知と貧困 

慈善と偽善 

あの時の黄色い卵を思い出すたびにそんなことを考える

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たそがれ親父の人生ノート
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COMMENT

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● たそがれ親父さんて
シュナまま | URL | 2006/04/12(水) 20:26 [EDIT]
多感な少年だったのですね
私ならどうしただろう・・・きっと持って帰ったかも
突っ返す勇気もないし、好奇心のほうが強いから
● 記憶があいまいです
管理人 | URL | 2006/04/13(木) 00:00 [EDIT]
その場でいただいたのか
それとも拒否したのか
それてももって帰ったのか
と考えると記憶が曖昧です。
ただ突っ返す勇気はなかったことは
よくわかります。
今でもそんなことはできないでしょう。
多感というよりこれは気の小ささの証明では(笑)。
でもあの経験は勉強にはなりました。


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