命短し宝塚トップの座 1作のみで退団も
かつて宝塚のトップスターといえば、ファンでなくても名前は知っているような存在だったはず。それがここ数年変わっている。01年には匠(たくみ)ひびき、02年には絵麻緒(えまお)ゆうが1作だけのトップに就任、宙組の貴城(たかしろ)けいも11月3日から宝塚大劇場で始まる「維新回天・竜馬伝!」1作で退団する。短命トップスターの量産ともいえる事態に、ファンの戸惑いも大きい。9月18日の夕暮れ、星組公演の千秋楽を迎えた兵庫県宝塚市の宝塚大劇場の周辺は、6000人のファンであふれていた。退団する同組のトップスター湖月わたるの最後の花道を一目見ようと集まった人たちだ。ファンクラブの会員たちはおそろいの白いパーカーを着て湖月の出を待ち、ぴたっとそろった掛け声を掛けた。 トップスターの退団のたびに繰り広げられる、ファンにとっては特別なこの行事の間隔が、少しずつ縮まっている。その顕著な例が宙組の貴城だ。今年7月に退団した和央(わお)ようかの後任となったが、来年2月の東京お披露目公演で退団する。 宝塚歌劇団の木村康久制作部長は「確かにトップの任期は短くなっているが、昔は就任するのが今よりも早かった」と説明する。 大正から昭和初期にかけての大スター小夜(さよ)福子や60年代に活躍した上月(こうづき)晃(のぼる)が入団2年目で主役に抜擢(ばってき)されたのは異例としても、かつてのスターたちのトップ就任は比較的早い。汀(みぎわ)夏子や鳳蘭、天海祐希は入団7年目でトップになっている。大地真央や杜(もり)けあきは10年目のとき。いずれも入団5年前後には、すでに組の2番手、3番手などを務めていた。 「彼女たちは若い時からいい意味で先輩を押しのけていた。最近は研13〜15年辺りでの就任が多く、年齢も高くなっている。辞めた後の身の振り方を早く見極めたいという人も多い。劇団としては一番輝ける形を考えて個別に話し合って判断している」と木村部長。「意図的にトップを量産しているわけではない」と強調する。小林公一理事長も「任期が何年、と決まっているわけではなく、そのときの状況による」と話す。戦前から戦後にかけてのトップのありようは今とは違った。複数トップも珍しくなく、2本立て公演の主演が違うこともあった。男役トップが娘役を演じることもあり、主演=トップという今の構図は必ずしも当てはまらないが、若手のトップ就任のチャンスが多かったとはいえそうだ。とはいえ、50〜100人に1人というトップにたどり着くのは並大抵なことではない。入団15年目でのトップ就任となった貴城は「最終ゴールに手の届かない方もたくさんいらっしゃる中で、こういう立場を与えてもらい、悔いはない」と語る。
アサヒ・コム 2006年10月28日
私の妻は昔からの熱心な宝塚ファン。
妻がボリボリ煎餅を齧りながら
テレビの前で座椅子にもたれて
ウットリしている時はほとんどすべて
NHKBSで宝塚の劇場中継をしている時か
その中継を録画したビデオを見ている時である。
どうも人生における妻の数少ない至福の一瞬は
この時のようでありそんな時の私は120%
オジャマ虫というか濡れ落ち葉というか(笑)。
一方 夫である私は四国に住んでいたので
たった一度中学校の修学旅行で宝塚歌劇団を見たのみ。
その時見た舞台の記憶もまったくなくなっているのだが
妻がテレビで見ている時にコッソリ背後から見ても
やはりあの歌舞伎の逆「女形」的世界というか
川島芳子の「男装の麗人」のような世界は
実に不可思議で奇怪な世界であります(笑)。
宝塚出身で私が知っているのは
淡島千景 八千草薫 音羽信子
月丘夢路 越路吹雪 高千穂ひづる
などのはるか昔少年の頃映画の銀幕で
出会った女優ばかりである。
もちろん宝塚出身とは後から知ったことだが。
最近の人で知っているのは黒木瞳くらいであるが
この人を私はよく川島なお美という女優と間違え
「あんた、黒木瞳と川島なお美をいっしょにしないでよ」
と妻にお叱りをうけたりしているのである。
朝日新聞の夕刊には月に一回か二月に一回
必ず宝塚歌劇団の劇評が出ているので
私はその劇評を見るたびに妻に対して
「朝日新聞学芸部(?)には宝塚の
隠れファンが間違いなくいるぜ」
なんて言っているのだがこの記事を書いた
記者ももしかしてその隠れファン(?)。
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