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DATE: 2006/10/26(木)   CATEGORY: 社会
いじめ自殺「0」の謎

いじめ自殺「0」、遺族に苦しみ 娘亡くした両親が心境
文部科学省が、いじめを主な理由とする自殺件数を過去7年間、「0」と発表していたことに対し、04年に自殺した埼玉県蕨市の中学2年の女子生徒(当時14)の両親が朝日新聞の取材に対し、心境を語った。学校側は当時の保護者説明会などでいじめの事実を認めたが、県教委の調査には「(自殺との)因果関係が断定できない」と報告。学校も市教委も現状では内容の訂正は考えていない。「いじめの実態を伝えて」という遺族の切実な思いは伝わらないままだ。「『0』と発表する市や県に不信感を覚えます。こんな数字、誰も信じない」生徒の両親は「校長先生たちは仏壇の前でいじめと自殺の関連を認め、謝罪してくれた。亡くなって9カ月後だったが、最大限のことをしてくれた」と語った。それだけに「0」という数字がやりきれない。行政はどれだけ現場の苦しみをわかっているのかと話す。「ゴキブリと呼ばれている」「生まれ変わりたい」。生徒は04年6月、「遺書」を残し、マンションから飛び降りた。学校の調査で、罰ゲームとして男子生徒への告白を強要されたことなどを苦にしていたとわかり、当時の校長は臨時保護者会や報道陣の取材に「いじめがあった」と認めた。 当時の校長らは、今も命日に訪れるという。今年3月の卒業式の朝には、数十人の同級生が訪れた。遺影に制服を着せて一緒に式に出席するためだ。戻ってきた制服の胸ポケットには卒業祝いの花が留められていた。 両親は学校の対応に納得し、「娘を静かに供養したい」と取材を拒んできた。だが今月、全国でいじめ問題が相次ぎ、県教委が「いじめによる自殺はない」と発表したことに耳を疑った。学校関係者によると、文科省の調査は自殺の「主な原因」を問うもので、いくつか選択肢がある。学校や市・県教委はいじめはあったと認識しているが「自殺の『主な原因』はわからない」として「いじめ」ではなく「その他」を選んだ。補足説明も記入できるが、いじめについては触れなかったという。実態とは違う報告が問題視されたことを受け、文科省は再確認する方針を示しているが、学校関係者は「再調査でいじめが原因の自殺かと聞かれても、そうとは言い切れない」と悩む。真実を知りたい両親は04年7、8月に市と県に情報公開を求めたが、手にしたのは娘が死亡した翌日付の事故報告書1枚で自殺原因は「不明」とあった。新たな事実が判明していないかと県に昨夏も請求したが、全く同じ報告書が出ただけだ。蕨市教委学校教育課は「いじめがあったことは把握しているが、様々な要因が重なり、いじめが自殺の主な要因だったか断定できなかった。いじめの他に要因があったかどうかもわからない」と話した。事故報告書の内容については「内容が不十分な場合、こちらが学校に再報告を求めるが、この件は報告内容が十分だった」としている。両親は「学校側からいじめの報告をしにくい現状があるのではないだろうか。もどかしいが『いじめがきっかけだった』だけでもいいから報告書に記録して実態を伝えてほしい。そのうえで学校、行政でいじめをきちんと認め、対応できるようになってほしい」と訴えている。
アサヒ・ネット 2006年10月25日17時41分



長い記事ですがあえて引用しました。

4日前に「いじめと組織防衛」について書きましたが

それを文字通り裏付けるような記事であります。

・・・・「校長先生たちは仏壇の前でいじめと自殺の関連を認め、謝罪してくれた。亡くなって9カ月後だったが、最大限のことをしてくれた」・・・・

と被害者の肉親が語っているというのに

・・・・県教委の調査には「(自殺との)因果関係が断定できない」と報告している。学校も市教委も現状では内容の訂正は考えていない。・・・・

とこの記事には書かれています。

この矛盾はいったい何なのでしょうか。

単純に言ってしまえば一人の教育者としての倫理と

学校の組織の長としての立場の分裂です。

教育者というより組織防衛しなければならない

管理職の意識が優先しているということです。

これに加担しているのが市教育委員会と県教育委員会。

もし公的にいじめで自殺したという事実を認めると

どういうことが生じることを恐れているのか。

1 所管省庁である文部省からの何らかの処分。

2 被害者である生徒の肉親からの損害賠償を求める民事訴訟。

3 自分の教育者としての経歴への汚点。

この三点につきると思います。

私には娘が一人います。

その娘が小学生の頃、ある日の夕食の時

テレビのNHKニュースででいじめによって

自殺した子どものことが報じられました。

その時娘が突然泣き出しました。

家族一同いったいどうしたのだと問いただすと

自分がクラスでいじめにあっていることを

泣きながら告白しました。

私はその夜怒りで一睡も出来ずに次の日に

小学校に怒鳴り込んでいきました。

私がガンガン職員室で怒鳴りまくってわかったことは

担任が私の娘がいじめを受けていることに

全然気がついていないことでした。

同様に学校の先生の誰一人として

娘がいじめにあっているのを知らなかったことでした。

この時私は本当に恐怖を感じました。

私はその場で先生方に

「娘をいじめた生徒を説教するので教室へ今から行く」

と強硬に主張しましたが

「ここは教育の場ですからそれだけは」

と教頭先生に説得され教室まで行きませんでしたが。

怒鳴り込んでいったその夜に担任から電話で

いじめがあったことを認める電話がありました。

いじめをしていた子どもの親からも謝罪の電話がありました。

もしあの夜に娘が泣かなかったら娘はそれからも

いじめにあい、自殺していたのではなんて想像すると

いじめで子どもが自殺した親の無念は多少はわかる気がしてきます。

結局、現実に教育委員会の人間とか校長などの

立場の人間は自分の子どもがいじめに合わない

限りいじめられた子どもの嘆きや悲しみ、肉親の感情などは

まったく理解できないと思うしかありません。

社会的問題にならなければ、マスコミに公表されなければ、

文部省に何か言われなければ、自分の経歴に傷がつかなければ、

こういう教育者というより役人としての事なかれ主義が

学校を支配していると想像するだけでいじめと同じ

ように恐ろしい気がしてきます。

・・・・・・・・

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