いじめを苦に17日に自殺した愛媛県今治市の市立中学1年の男子生徒(12)が、学校で「貧乏」や「泥棒」と言われて「生きていくことが嫌になった」などとつづった遺書の全容がわかった。生徒が通った小、中学校の校長らは、生徒宅を訪れて再発防止を願う家族の思いを聴き取り、市教委はいじめの根絶を誓う文書を市内の小中学校に送った。男子生徒が通った小、中学校は1学年1クラスで、同級生はほぼ同じ顔ぶれだった。県警が同級生全員から事情を聴いたところ、身体への危害はなかったが、言葉によるいじめや無視するなどの行為が確認された。 生徒は小学6年だった昨年5月、担任教師に「仲間はずれにされている」と訴えた。小学3年の時から続いているといい、担任は同級生にやめるよう指導したという。母親(37)によると、中学入学後は本人からいじめの話は聞かなくなった。「親を心配させまいと黙っていたのだと思う」と悔やむ。 生徒の家族と対面した小学校長は「小中学校の連携に落ち度はなかったか、改めて見直す。担任だけで抱え込まず、保護者や地域の人と課題を共有していじめに対処していきたい」と話した。生徒は夏休みの登校日前日の17日夕、自宅がある島の道路沿いの電柱で首をつって亡くなった。遺書は両親にあてたもので、自宅の机の中に残されていた。
■遺書の全文
遺言書
最近 生きていくことが嫌になってきました。クラスでは「貧乏」や「泥棒」と言う声がたえず響いていて、その時は悲しい気持ちになります。それがもう3年間も続いていて、もうあきれています。それに、毎日おもしろおかしくそいつらは笑っているのです。そう言うことでこの度死ぬことを決意しました。
私が、死んだ後の物はAとBで分けて下さい。机にある小判は私だと思って持っていて下さい。
AとBは僕の分まで長生きして、いい職について下さい。
いつも空から家族を見守っています
さようなら
いままで育ててくれてありがとう
母さん父さん
By.○○
(注=A、Bは弟、○○は本人の名前)
アサヒコム:2006年08月26日
こういうニュースを読むと三人の子どもを
持つ親として子どもがなんとか育ってくれたが
奇跡のように思えてくる。
同時に当事者の親ごさんの哀しみ 嘆き 怒りを想う時
言葉を失ってしまう。
小学・中学とクラスがほどんど同じ顔ぶれという
ある種の閉鎖社会でこの自殺した子の孤独感が
日常接している他の子どもには理解できなかっただろうか。
たった一人の友人が学校に、せめて近所にいさえ
すれば何とかなったのではと想うのも所詮他人の
第三者的言葉にしか過ぎないのか。
「遺言書」という言葉はいつから考えていたのだろうか。
島の道路沿いの電柱で首を吊ったのは家の中では
家族に迷惑をかけるからと考えたからなのだろうか。
遺言書の中から滲み出る家族に対する想いやり
だけでもこの子には豊かな未来があったのではと
想像するといっそう切なくなってしまう
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当事者でないと分からないことですが、どこにも助けを求められなかったのでしょうか。
毎回死んでから回りが反省するだけじゃ、ちっとも教訓になりませんよね。
親からすれば頼って欲しかったです。
思いやるのなら生きて欲しかったです。悔しいですね。
星子 | URL | 2006/09/28(木) 02:56 [EDIT]
星子 | URL | 2006/10/20(金) 21:52 [EDIT]


